2015年12月アーカイブ

親父のおんぶ

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私の父は今、大病を患い闘病中です。

そんな状況の中の父と、些細なことで喧嘩をしてしまいました。私はひどい言葉を吐き、父は怒って自分の部屋に戻りました。数時間後ふと我に帰り、闘病中で頑張っている父に悪いことをしたと反省し、謝りに行きました。父は自分の部屋から出てきて、「俺も悪かったな、すまない」と言ってくれました。

『苦しい闘病生活を送っているに、辛いのは俺も分かっているはずなのに、なんで喧嘩なんてしてしまったんだろう。いつまでこうして一緒に話せるか、分からないのに・・・』そんな気持ちが込み上げ、振り返って自分の部屋に戻ろうとしていた父の背中に顔をうずめて、「ゴメン、ホントにゴメン、少しだけこのままで・・・」自分でも何て言ってるか分からないぐらい、泣きました。

父は何も言わず、そのまま立っていてくれました。

私と父は、一緒に仕事をしています。その日の仕事が終わって自分の家に帰る時に、もう一度謝っておこうと思い
『親父、今日はホントにゴメンね』とLINEで送りました。
『久し振りにお前をおんぶしたよ。やっぱり俺のおんぶは下手だな』と父からの返信が。
涙が止まりませんでした。

私には子供がいます。父が私の子供をおんぶしてくれる時も、子供は決まって泣いてしまいます。父は『困ったなぁ』と、嬉しそうに悩んでいました。

私は言いたい。『親父、おんぶは下手かも知れないけど、家族のために一生懸命働いた親父が見せてくれた背中は、涙が出るほどカッコ良かったよ』

駄菓子屋さん

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6歳の息子が友達に誘われ、初めて駄菓子屋さんに行って来ました。

帰って来て私に「ママ、駄菓子屋さんに入る時『失礼します』、出る時『有難うございました』と言ったよ。俺、偉くない?」と言いました。私が「挨拶ができるのは凄いね。でも、お店だから別に『有難う』の挨拶はいいんじゃない?」と答えると、「ママ、ここだよ。東京に駄菓子屋さんがあるんだよ!それも、こんな近くに。それも、お婆ちゃん一人で。それも、ママは太いから入れないくらい狭いんだよ。なのに世界で一番おいしいラーメンがあるんだよ。俺は思わず『有難う』の言葉が出たのに、ママはそう思わないの?」と言うのです。返す言葉が無くなってしまいました。

狭さの表現にちょっとは傷つきましたが、息子の感動した顔と、3回の「それも」を聞いて気になり、次の日一緒に行って来ました。

「うめー、最高!」と言いながらラーメンを食べている姿、格好良く感じました。駄菓子屋さんに出入りする子供達も、暖かく輝いて見えます。 帰りに「駄菓子屋のお婆ちゃん、結婚したお爺ちゃんはいるかな?子供達いるかな?何処で寝てるのかな?・・・」と心配の質問ばかりをする息子の顔、キラキラしていて忘れられません。

遠い親戚のお婆さんが、老人ホームで急に亡くなりました。

その夜布団の中で、私が子供達に「お婆さんの子供達も悲しいと思うけど、お婆さんも目を閉じる瞬間は凄く寂しかったと思う。ママもいつか死ぬけど、その時あなた達がいないと、凄く悲しいと思う」と言いました。

すると、すぐに6歳の次男が「もし、本当にそんな時が来たら、俺死ぬほど早く走ってママの所に行くけど、もし、万が一間に合わなかったとしても、ママは悲しく思わないで。俺もいつかは死ぬ。その後また、ママの子供になって生まれるから、しばらく離れて暮らしてると思えば全然寂しくないよ」と言うのです。

大人になったな〜、と子供の成長に驚きながら、「何処でそんないい言葉聴いて来たの?」と聞くと、「俺、自分で考えたよ。人間は元から死んだら、また赤ちゃんに生まれ変わるんだよ。ママはそれも知らなかかったんだ〜」と自慢気でした。

思わず笑ってしまいましたが、いつの間にか枕は濡れていました。悲しい夜ではあったものの、子供の嬉しい言葉に胸が熱くなりました。

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