2014年8月アーカイブ

ずっと姉弟

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私には、6歳離れた弟がいました。仮に、リョウタ、とします。

リョウタとは、何をするにも一緒でした。年が離れていて可愛がっていたというのもありましたが、両親が共働きだった上に、2歳離れた姉は、病気にかかって入院していたからというのもあります。 私とリョウタは、祖父母の家で居候状態でした。

夏休みのある日のことです。私は部活があり、中学校へ出掛けました。中学受験し、家から遠い場所にある私立の中高一貫校に通っていました。その日は、いつもより早く家を出ました。

弟は、私が出ていくのを不思議に思ったようですが、小学校1年生になっていたので、事情は分かっているようでした。手を振って別れ、学校に向かいました。

バスケ部に所属していた私は、体育館で部活に励んでいました。練習が始まり1時間程経った時、先生が慌てて私の方へ走っていらっしゃいました。

「弟さんが、事故にあったそうよ。すぐに行ってあげて」

その言葉を聞いて、血の気が引くのが分かりました。家から飛び出していったリョウタが、道の真ん中で車にはねられて、血を流している状況が思い浮かびました。

すぐに、リョウタのところへ行ってあげないと、学校を飛び出し、病院に向かい急いで走りました。しかし。。。。病院に着いた時は手遅れでした。

両親は手術室の前で、肩を付け合せて泣きじゃくり、祖父母は、お医者さんの話を聞いていました。私が寄っていくと、父が立ち上がりこう言いました。

「リョウタが、事故にあって死んだ。手術は間に合わなかった。ヒナコ(姉・仮の名前です)もだ。病気が悪化してしまって・・・・・・何もしてやれなかった。これは、お医者様のせいではない。お前のせいでもないぞ」

一度に姉弟がいなくなるなんて、思いもしなかった私は、状況がつかめず涙も出ませんでした。

優しかった姉、ヒナコ。アイドルの話をしたり、頭の良かった姉には、勉強を教わることも多々ありました。

可愛かった弟、リョウタ。生意気だったけれど、元気がよくって、誰よりも一緒に居た存在でした。

「お姉ちゃんは・・・病気がそれほど悪かったんだね。リョウタは・・・元気が良すぎたんだよね。仕方がないんだよね??ね?父さん。母さん」こういう私に、父は、無理をして笑顔を見せてくれ、母も涙を流しながらも、微笑んでくれました。

それから10年が経ちました。私も立派な大人、23歳になりました。好い人と結婚して、子供にも恵まれています。幸せな日々の中で、今でも、仲の良かった姉弟のことを思い出します。

『お姉ちゃん、リョウタ。2人は空に居るんだよね。 いなくなった今でも、ずっと姉弟だよね。2人のこと、変わらず大好きだよ』愛しい息子と娘(なんと双子なのです!)を抱きながら、空に向かって笑いかけています。

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