2014年3月アーカイブ

一秒の奇跡

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今年初当選し、東京マラソンに参加しました。

東京マラソン前、私のブログにモデルランナーのAさんが遊びに来てくれていました。私はノーチェックだったのですが、大会後友達に教えてもらい、彼女のブログを見てみました。

彼女のブログには、そんなに速いランナーではないけれど、陸連に登録をしていたので、先頭のAブロックからスタートしたと書かれていました。足が痛くなり苦戦されたそうで、私と似たようなタイムでゴールされていて、なんだかご縁を感じました。

更にじっくりとブログを読んでみると、なんと彼女の一秒後で私がゴールしていることが分かりました。

レース中の写真を撮ってくださるサイトで確認したら、ゴールの瞬間、しっかり一緒に写っていました。ゴールは横に広いのにも関わらず、彼女のすぐ後ろに私がおり、二人とも手を上げて写っているのです。

参加者は36,000人、私は最後尾のKブロックからスタートしましたので、2人の間には3万人以上のランナーがいたのです。 もちろん、マラソン中には彼女の存在も知りませんでしたし、レース中は一度もお見かけしていません。 一秒差のゴールに、奇跡的なご縁を感じました。

それにしても不調の中、最後まで歩かずに完走されて、流石モデルさんでいらっしゃるだけあって、とても素敵な笑顔でゴールされていました。走力が似たような感じですので、何処かの大会でまたご一緒出来るような気がしています。

ちなみに。。。彼女のお名前はAさんでAブロックからのスタート、私の本名はKでスタートはKブロックから、私のペンネームは「レインボー」ですが、彼女のリストバンドはレインボーカラーでした(笑)

マラソン

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沖縄在住で、島袋勉さん、とおっしゃる義足のランナーがおられます。2006年ご縁があり、島袋さんの広島での初めての講演会をお手伝いさせてもらいました。

お話を聴いて、一緒にホノルルマラソンを走りたいと感じ、次の年2月から練習をスタートしました。当時、私は煩悩の数ほど体重がありましたが、体重や年齢は関係ないとコツコツ練習を継続しました。

努力した甲斐があって、その年の12月に、ホノルルマラソンデビューすることが出来ました。幸運な事に、たまたま途中で一緒になった島袋さんと、一緒にゴールすることも出来たのです。その後、ランニングは続けていましたが、2011年大阪マラソンで久しぶりのフルマラソン、次の年は神戸マラソンを完走しました。

第2回大会からずっと応募していた東京マラソンは落選続きでしたが、今年10.3倍の応募数の中、初当選!いろんな姿に仮装している人がいたり、ダンスや歌の声援があったおかげで、楽しく走ることができました。

更には、三波春夫さんの東京五輪音頭がかかっていて、その歌声に元気をもらいました。というのも、亡くなった祖母が三波さんの大ファンで、小学生だった私は紅白で歌われるまで頑張って起きていたのを思い出したからです。三波さんの生前一度だけですが、スタジオにファンの方を案内されるのを見かける機会があり、「お客様は神様です」を実践されている立派な方だなと嬉しくなった事も、思い出しました。

自己ベストでゴールできたのも、三波さんファンだった祖母に護られていたからだと、そんな気がしています。

横顔

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5年程前、彼女(今は妻)と石垣島に旅行に行った時の話です。

その日は朝から高速フェリーに乗り、離島の黒島というところに遊びに行きました。小さな島で、海と牧草地以外特に何もないようなところです。

丸一日遊び、夕方の石垣島に戻る最終フェリーに乗り、出航を待っていました。島の方を見ると、2人の男性が別れを惜しんで抱き合っています。そのうちの1人がフェリーに乗り込み、フェリーは出航しました。

フェリーに乗った男性は、出航から島が見えなくなるまで、島に向かって手を振っています。島の男性も、ずっと手を振っていました。

2人の関係は分かりません。雰囲気を見る限り、島の風景を撮影しに来たカメラマンと島民という感じでした。

もちろん、全てはこちらの憶測です。ただ、その手を振っている横顔は何とも言えない優しさに包まれていて、見ているこちらも何だか温かい気持ちに包まれました。今でも忘れられない思い出(横顔)です。

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