2010年2月アーカイブ

恩送り

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私は、雪深い福島県は会津の田舎の出身です。

冬は雪が多く2時間かけても通学が出来ずに、学校のある喜多方市街に下宿します。そんな高校2年生の時に、学校にインターアクトクラブという社会奉仕活動を行うクラブが出来、メンバーとして参加しました。

2年生の冬も下宿をし、春の4月からは自宅から片道2時間以上かけて通学することに なりました。

すると、スポンサークラブであるロータリークラブの担当の方が、「それじゃクラブ活 動も大変だろうから、私の家から学校に通いなさい」とおっしゃって下さり、ホームステイのような形で、無償で「食と住」の面倒を見ていただけることになったのです。卒業までの1年間、そこから学校に通いました。

その間、色々なご指導や家族旅行に同行させていただき、卒業する時には、仙台、盛岡の卒業旅行まで連れて行っていただきました。

旅行帰りの車の中で奥様に御礼を言い、「こんなに沢山お世話になったお返しを、いつ出来るかわかりません」とお話しましたら、
「いいんだよ、あなたが出来るようになったら出来ることを、あなたに続く次の人たちにしてあげてください。私たちにはいいんだよ!無理しなくて、順番だからね・・・」
と申されました。この言葉は、40年近く経つ今でも忘れられません。

卒業後就職し学校に通いながら、青少年活動や、ボランティア、ボーイスカウトの指導などをしました。現在も青少年の活動に、手助けをさせていただいています。
これが「出来るようになったら、出来ることを次の人たちにしてあげてください」に対して、私が出来るお返しだと思ってずっと続けています。

「出来るようになったら、出来ることを・・・」
この言葉を胸に過ごしています。
そして、これが「恩返し」ではなく、「恩送り」という言葉で表すことを最近になって知りました。

私にとっては、この「恩送り」という言葉がとてもいい響きで、世の中に発信していこうと思っています(「ご恩送り」とも言うようです)。
受けたご恩を本人ではなく、出来るようになったら、必要としている他の人に届ける。そして、また、その方は次の必要としている人に・・・と広がって行きます。決して、義務的ではないのです。出来ることを、出来る時にしてあげればいいのです。

小さなことでもいいから、「恩送り」を広げたいと思っています。

友人の決断

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先日、同じ職場に勤める同期入社の友人が、見知らぬだれかの命を救うため、骨髄提供の手術をしました。

以前からアイバンクと腎(じん)バンクに登録していた彼は、「自分が生きている間にも何か役立つことがあれば」と三年前、骨髄バンクにも登録したのです。

提供依頼の通知があった時は、さすがの彼もびっくりしたらしいのですが、「もし自分の子供が白血病だったらどんな行動をとるだろうか、そして今決断しなければ、大切な命を救うことができなくなる」と決断したといいます。

彼の奥さんは、全身麻酔に対する不安から、最初は反対していたようです。しかし手術当日は、お子さんに学校を休ませて手術に立ち会わせ、「頑張っているお父さんをしっかり見ておきなさい」と泣きながら言ったそうです。

「一つの命を助けることができたかもしれない、という自己満足だけですよ」
と手術後に出社した時に、彼は笑って話してくれました。その時のとても爽やかな彼の笑顔が、印象深く忘れられません。

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