2009年4月アーカイブ

長男の将来の夢の続報です。

ちっとも見せてくれない「卒業文集」と「卒業写真集」。部屋の掃除のついでに、内緒で見ちゃいました。少しニヤケた「卒業写真」。勝手に息子が工作バサミで切った前髪は、「変」でした。

そして「卒業文集」。彼の将来の夢は「建築家」でした。
そういえば、卒業前に担任の先生が
「昔の家が大好きだった。と堂々と発表していましたよ。彼の将来が楽しみです。」 とおっしゃっていました。
その時は「何の話?」と不思議でしたが、やっと話がつながりました。

息子が帰ってきてすぐに、「夢は建築家になったんやね、見せてもらったよ」と言いました。すると、「そう!皆が幸せになれる家を建てたいねん」と息子。

でもね、私は前の家にかなり不服があります(笑)。
窓は無駄に大きい!夏は暑い!冬はカーテンまで凍る!玄関を空けないと風が通らない!壁が少ない!台所はとっても使いにくい!etc・・・
でも、息子にはとても居心地が良い家だったようです。自分からやり始めた自宅学習。ずっと頑張っています。「夢」が「目標」になったのでしょうか。

主人と私は、中学では「(シニア)硬式野球」に進むようすすめましたが、息子は、「勉強と両立したいから、中学のクラブで軟式野球をするから」と言ってきました。
息子の野球はこれからだ!!と思っていた主人は、少し寂しそうでした。 最近は髪型も気にしたり(スポーツ刈ですが)、襟をたててみたり、格好も気にするようになっています。
先日は、帰宅するなり「生徒会に入る予定だからね」と言われて、本当にビックリしました。

息子は息子なりに、色々と考えてるんだな〜と実感しています。

『中学生になったんだ・・・。でも、寂しくなるから、もう少しゆっくり大人になって・・・』と、息子の成長を嬉しく思いながら、少し寂しさも感じる母心です。

ティッシュ

| コメント(0) | トラックバック(0)

桜が咲きました。 幼稚園の新年度がようやく始まりました。

春休み、兄姉と遊ぶのにそろそろ飽きて、友達が恋しくなっていた末娘。
今年は少しお姉さん、年中さんです。朝から元気に幼稚園バスに乗りこみました。

帰り、なんだかグッタリの末娘・・・。
「どうしたの?」
「今日はたくさんのお友達が泣いててなあ、忙しかったわ〜」
「??なんでいそがしかったの?」
「あんな〜いっつも泣いている子にティッシュを渡して、大丈夫だよ、って言ってあげるねんけどな、今日は新しいお友達が、ママ〜!ママ〜!っていっぱい泣いてたわ」
「へえ〜」
「ティッシュもなくなったわ〜。フラフラや〜」

昼食後、リビングのコタツで丸くなって昼寝を始めた末娘。
お友達と遊べて満足気な寝顔・・・。幼稚園カバンには、明日に備えていつもより多めのティッシュが入っていました。

年中から入園したお友達に優しくしてあげてるんだね。
ティッシュを持って走り回っている末娘を思い浮かべると、ついつい笑ってしまいました。

寄せ書き

| コメント(0) | トラックバック(0)

3年前、電話工事士からダンスの世界に飛び込んだ夫。

一時は挫折しかけたこともありました。しかし、50代を迎え体力的にも厳しい中で、今は社交ダンスのみならず、フラ&タヒチアンダンスのインストラクターとして、10数ヶ所のフィットネスクラブを駆け回っています。

畑違いの転職でキャリアも技術も未熟な夫は、レッスンの内容や生徒さんへの対応に悩むこともしょっちゅうでした。夫の話しを聴き、時には喧嘩になるまで口論することもありましたが、毎日呪文のように「生徒さんを大切に」と夫に伝え、いつしか夫も「生徒さんを大切にする」と言葉に出して言うようになってきました。

新年度の編成に伴い、担当する最後のレッスンを終え、帰ってきた夫の腕には大きな花束が!かばんの中から取り出した1枚の色紙には、「本当に楽しかったです。夫婦で一緒にレッスン受けれるなんて、この年で・・・良かったです!」「45分間は非日常を感じる至福の時でした」「吉本顔負けの楽しいレッスン、ありがとうございました」「1週間に一度、心のリセットできました。楽しいレッスンありがとうございました」「がんばってダンス続けます。感謝!」・・・。と、生徒さんからの寄せ書きが・・・!!生徒さんと言っても40代以上の方ばかりです。

最高のプレゼントをいただき、嬉しそうに見つめる夫の横顔を見て、夫をここまで育てて下さった生徒さんと周囲の皆様に、感謝の気持ちでいっぱいになりました。

時計台

| コメント(0) | トラックバック(0)

今から32年前の事です。

小学校までは片道4kmもあり、私達はほぼ毎日その距離を通っていました。長い通学路、子ども達が途中で時間が分かるようにと、中間地点になる道路沿いの家の壁に、時計を取り付けてもらえる事になりました。時計は小学校が贈呈して下さり、中間地点の家の方も取り付けを快く了承して下さったのです。

私は小学生の代表として時計の授与式に参加し、時計を受け取った後、大工の父に時計入れを作ってもらいました。雨風から時計を守る為です。完成後早速、中間地点の家に時計が取り付けられました。

次の日からその家は、「時計台」と言われる様になりました。

私達は毎日時計を見て、遅いと『走れ〜!』と言い合い、余裕があると安心して歩きながら学校へ通いました。

時計だけでなく、時計台では色々とお世話になりました。水を飲ませてもらったり、登校中に捕まえた魚を帰りまで預かってもらったり・・・、今思うと他人の方に無理なお願いばかりしていたように思います。

そして大人になった今、ある大切な事を思い出しました。

私達が見るあの時計を、時計台のおじさんは、毎日遅れていないか管理してくれていたのです。当時はもちろん電波時計などはありませんでしたから、時間がくるうとおじさんは、梯子にのって時間を合わせてくれていました。何も分かっていない子どもだった私達は、高い所で何かをしているおじさんの後ろ姿を見て、笑っていただけでした。

今更ですが、時計台のおじさん、おばさん、有り難う!あの時計が毎日私達を見守ってくれていたように、おじさん、おばさんも見守っていてくれたのですね。

何代目かになる時計は、今も同じ場所で小学生を見守り続けています。

このアーカイブについて

このページには、2009年4月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2009年3月です。

次のアーカイブは2009年5月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。