エミちゃんブログ

「大阪市営交通」が、なんと今年創業100周年(その2)

地下鉄をよくご利用になる方は、車内のポスター等で既にご存知かもしれません。「大阪市営交通」が、なんと今年創業100周年を迎えました。大阪市交通局の指定広告代理店である当社にとりましても、大変喜ばしいことです。100周年を記念致しまして、前回に引き続き、ほんの少しだけですが、市営交通の歴史をご紹介させて頂きます。

昭和30年代、産業・経済の著しい発展とともに、人々の暮らしは大きく変化します。

家電製品やマイカーの爆発的ブーム、人口の都市集中・・・と、高度経済成長期を迎えた社会・経済情勢の激変は、自動車の台頭を促し、市電の存在を脅かすようになりました。

クルマの洪水の中、市電は立ち往生するようになり、路面電車が交通渋滞の元凶となっている、そんな声があちこちで聞かれるようになります。市民も、自動車に阻まれてのろのろ運転を強いられる市電から、地下鉄や市バスに乗り換え出すのです。

市電の赤字は食い止められず、昭和44年3月31日、市電は65年の歴史に幕を閉じました。

昭和28年ごろの大阪駅前風景

「長い間ありがとう」
最終電車(市電)の乗務員に
子供達の贈り物
市電を受け継ぐ市民の足として、地下鉄は大きな役割を果たすようになります。万国博開催を契機に、地下鉄は6路線64.2キロメートルのシティネットワークを完成します。東西南北に広がった地下鉄は、ついに地上にもその姿を現します。

昭和45年度には一日の乗客数が約190万人となり、市電に代わる市民の足として、地下鉄は都市交通の主役の座につきました。

ところで、「御堂筋線」「谷町線」といった愛称で呼ばれるようになったのは、万国博開催前年の昭和44年12月からです。それまでは、それぞれ1号線、2号線と呼ばれていました。市電と同じように、地下鉄も市民にもっと親しんでもらいたいとつけられたものなのです。

巨大なクレーンで
高架線路につり上げられる車両


小学生が小旗を振って
谷町線開通を歓迎

御堂筋線・天王寺駅

昭和46年に実用化実験のため設置された
自動改札機
「大阪市営交通のあゆみ」(財団法人大阪都市協会)より
【No.17】 2003年10月20日
駅広告のお問い合わせはフリーダイヤル0120-10-2055まで
JR・地下鉄・私鉄「関西の交通広告」

バックナンバー

社会貢献活動について